【薬剤師のキャリア】人生を先送りすな。
こんばんは。太郎です。
今回はタイトル通り、人生を先送りすなです。
なんかの本で影響されて、そう思うようになりました。
小学校の時、中学校を目標に。中学生は高校生、高校生は大学生になる為に頑張ろうとしてしまいます。
その感覚で行くと、社会人は老後の為に頑張るとなり、老後というワードが出てくるのです。そして、老後の2000万問題になり、揉めるのです。
目標となるものがあるのは良いことですが、老後の為の人生というのは、ちと寂しいし、老後までの人生は長いという発想になります。
そういう思考で経済を回そうとしている政府の思惑は少しわかりますが、なんだか寂しいのです。
老後の為に今頑張るとかは、あまりしっくりこないのです。いま仕事をやめて、海外旅行も行ってよいはずなのです。
レールに外れる感覚が恐いのでしょう。私も最初に勤めていた一部上場の会社を辞めた時、いろんな人にいろいろ言われましたが、その言う方が責任を持ってくれるわけではないのです。
これは自分の感覚ですが、やりたい事とかやることが見つかれば、レールを外れたとしても恐くありません。むしろ、自分が敷いたレールを渡っている感じです。
前の話に戻すと、仮に老後の為に社会人を頑張ったとしても、その先はおそらく、無です。社会人を頑張った褒美でよい老後があるというわけではないはずです。
ただ、学生の時に頑張った先の恩恵を受けるとクセがついてしまうのです。課長を頑張れば部長。そして、部長を頑張れば、よい老後が待っているように思うのです。
【挫折ポイント】先生、先生と呼ばれることの危機感 - どん底薬剤師の這い上がり@帰ってきた太郎
この記事の部長のように、よい老後というのは、用意されてるわけではありません。
頑張った先になにかあるという風な思考は、時にはよい結果を生むこともありますが、何もなかったときには、かなりの虚無感に襲われます。
頑張って何か褒美があるかもしれないし、ないかもしれません。ある場合は、然るべき努力をした結果であり、当然の論理なのです。
それを頑張ったから、もらえたと解釈すると、うまくいかなかった場合に、挫折を味わうことになります。
大事なのは、やはり今ですね。林先生ではないですが、本当に今生きてるかどうかだと思います。
スティーブ・ジョブズの例で申し訳ないですが、ジョブズのスピーチで、点と点が結果的に合わさって線になると言っています。
点というのは、今現在、やっている活動のことです。そして線というのは、のちのち晩年に出る結果のことです。
線になれば儲けものくらいでやってればよいと私は思います。点自体楽しめていれば、もし線にならないとしても、楽しかったのだからそれでよいでしょう。線の為に、点を打つことは苦痛です。そして線にならなかった時、悲惨でしょう。
今回は薬剤師のキャリアというくくりにしましたが、全体に言える持論になりました。あまり深く考えず、いましっくりくることをただやってればよいと思います。
しっくりくることをすることが、無理なく継続できるからです。